WLSコラムー(1) 冷間鍛造における潤滑前処理の役割変化
冷間鍛造における潤滑前処理は、非化成潤滑剤の普及によりその重要性が大きく変化しており、前処理条件は潤滑皮膜の残存性や焼付き抑制に影響し、加工安定性を左右する要因です。
本コラムでは、ウェットブラスト前処理に着目し、非化成潤滑剤時代に求められる前処理の役割について解説します。
1.非化成潤滑剤時代の前処理
自動車部品などを製造する冷間鍛造工程において、素材の潤滑前処理(以下、前処理)は、長年にわたり「潤滑のための準備工程」として位置づけられており、以下のような役割を担ってきました。
- 長尺材をスラグに切断した際に発生するバリの除去
- 素材表面に生成した酸化スケールの除去
これらの工程は、潤滑工程を安定させるための下準備として重要である一方、加工結果への影響は相対的に小さいと考えられてきました。その背景には、従来主流であった化成処理の存在があります。
化成処理では、素材と化学反応することで、
- 素材表面に高い密着性を持つ固体潤滑皮膜が形成される
- 潤滑機能の大部分を潤滑皮膜自体が担う
という特性がありました。そのため、素材表面の状態が加工品質に及ぼす影響は限定的とされてきました。
しかし近年、環境負荷低減の観点から環境対応型潤滑剤(非化成潤滑剤)の適用が進むにつれ、前処理の位置づけは大きく変わりつつあります。
非化成潤滑剤は、素材表面に塗布・乾燥することで潤滑皮膜を形成しますが、以下のような課題が存在しています。
- 化成皮膜と比べて素材への密着性が低い
- 加工条件が厳しい場合、潤滑性能が不足しやすい
- 結果、焼付きが発生しやすい
このため現在では、
として、改めて注目されるようになっています。
2.素材の潤滑前処理で何が変わるのか
名古屋工業大学と当社による共同研究において、前処理条件の違いが潤滑皮膜の残存性に大きく影響することが明らかになりました。前処理は単なる下準備ではなく、成形中の潤滑状態そのものを左右する要因となります。
前処理条件が潤滑皮膜に与える影響
前処理によって素材表層に加工硬化層が形成されると、成形中に以下のような現象が確認されました。
- 素材表層への割れ発生
- 表層の割れに伴う、潤滑皮膜の同時破断
- 条件によっては、潤滑皮膜が脱落
以下は、円筒試験片圧縮前後の自由表面近傍の表面SEM観察画像及び断面観察画像です。球形粒子を用いた場合、圧縮された表層が鱗状に剥離している様子や断面観察では、表面近傍の結晶粒が扁平につぶれている様子が確認できます。
一方で、前処理による表層の硬化が比較的穏やかな場合には、ボール通し試験(穴や流路に規定径のボールを通し、内部状態および潤滑剤性能を簡易的に評価する試験方法)を行った結果以下が確認されました。
- 素材表面が成形変形に追従しやすい
- 表面に形成された潤滑皮膜が維持されやすい
以下の左図は、ボール押込荷重とストロークの関係性を示しています。最大ボール押込荷重は、球形粒子のほうが高く、潤滑前処理の効果としては多角形粒子によるウェットブラストのほうが適していることがわかります。
また、右図は、ボール通し試験後、試験片内面に残存する潤滑剤由来のリン成分の検出量の比較ですが、ウェットブラストによる多角形粒子を用いた場合のほうが球形粒子を用いるより潤滑皮膜が多く残存することがわかります。

ウェットブラスト前処理の特長
ウェットブラストによる前処理では、ショットブラストと比較すると以下の特長があります。
- 微小かつ多角形状の投射材を使用可能
- 素材表面を叩く作用を抑制
- 表面を微小に研削する効果を付与
その結果、以下の利点が得られます。
- 素材表層に形成される加工硬化層を小さく抑制
- 成形中に破壊されにくい表層状態を形成
これは、φ300~600µmの鋼球を用いるショットブラストとの大きな違いです。
非化成潤滑剤との相乗効果
さらに、ウェットブラストによる前処理では、表面を研削することで素材の活性面を曝露できます。これにより、といった効果が得られます。また、前処理後の素材表面は微細に粗化されるため、非化成潤滑剤を保持しやすい凹凸形状を形成することが可能です。
3.主な適用事例・装置
【適用事例】自動車・航空関連精密部品【導入実績:スラグ、冷間鍛造用部品】
【適用装置】
冷間鍛造ライン・ビレット材用装置「VD-T008」
4.まとめ
このように、ウェットブラストは、成形中に破壊されにくい表層状態と潤滑剤を保持するための表面状態を原理的に両立しやすい前処理手法です。前処理工程を単なるバリ取りや酸化スケール除去にとどめず、後工程で必要とされる表面機能を付与する工程として捉えた場合、ウェットブラストは有効な選択肢の一つといえるでしょう。
✎ 出展・参考文献
本コラムは、以下の学術論文および学術誌の内容を参考に、製造現場向けに再構成した解説記事です。【著者】
グローバルマーケティング部 橘 和寿 (博士:工学)
【掲載誌】
月刊トライボロジー(2025年3月号 32-36p)
「冷間鍛造における潤滑前処理としての素材ウェットブラストの効果」橘 和寿(マコー)、北村憲彦(名古屋工業大学)
https://tribology.press-shinjusha.co.jp/(学術誌公式)
【論文原本】
名古屋工業大学学術機関リポジトリ
「冷間鍛造用環境対応潤滑の前処理として施した湿式ブラストによる潤滑性能向上に関する研究」
https://nitech.repo.nii.ac.jp/records/2000132
【参考文献】
表面技術(2015年8月号 66巻 338-341p)
「樹脂-金属間の接着・接合のメカニズムの界面化学的考察」中前 勝彦
jstage.jst.go.jp/article/sfj/66/8/66_338/_pdf


